日本人の議論を巡る意見を聞いたり本を読んだりしたとき、一般論としてこんな傾向が指摘されています。
「意見の否定が相手の人格の否定に受け止められてしまうことがよくある」
一般論として、演奏技術の高低を指摘することが演奏者の尊厳や存在理由に結びついてしまうことは
ないでしょうか?
事実の指摘と意見の表明。
バランスが必要なときもあるし、どちらかに趣旨を限定して話す場合とがありますが、
問題なのは話している側(演奏している側でもよい)がどこに比重・主旨を置いて話しているか(演奏しているか)を
聞き手と合意をとれているのか、でしょう。
合意が得られていない間柄では、不毛な議論が延々と続くことになるでしょう。
単なる事実の指摘と、自分の意見の表明を切り離しての建設的な議論(合奏練習)は
一般的日本人には可能なのでしょうか?