この項目には、「成功体験の踏襲と失敗体験からの学習」という点と、

「総員の知力を結集するための、対話という方法」という二つのテーマが混在しています。

 私の文章力が低いため、わかりにくくなっていると思われます。すいません。(_ _)

 

光文社 刊 半藤一利、江坂彰共著 ISBN4−334−00680−9

「撤退戦の研究 日本人は、なぜ同じ失敗を繰り返すのか」 本体価格829円

 ものすごく面白く、考えさせられる本です。

 太平洋戦争時における日米双方の戦争遂行の基本的な考え方を比較しているのですが、

日本は日露戦争で国家の存亡を賭けた大勝負に出て、負けない戦闘をやり、非戦闘の場面で

有利に事を運び、国家の滅亡は避けられた。しかし、あくまで「負けなかっただけ」なのに国内向けの宣伝で

「大勝利」を報じてしまい、国を救った軍人を厚く遇してしまったため、次世代以降の軍部もその「大勝利」を

疑わなくなってしまった。そのため日露戦争での戦い方が日本軍の基本方針、伝統に奉り上げられてしまい、

30年後の太平洋戦争でもその闘い方が踏襲され、今度は敗北してしまいます。

 著者二人はこのことを、「成功体験の復讐」と書いています。

 なるほど、その時はそのやり方で成功したかもしれない。しかし、時々刻々社会状況も価値観も変化して

いるのに、その変化を計算に入れているのだろうか?教条主義に陥ってしまうと、目標は「勝つこと」から

「自分たちのやり方を完遂すること」に変わってしまいがちになるが、そのことをわかっているのだろうか?

 

 吹奏楽の世界においても、1980年代の終わりまでは過去の業績やクラシック音楽の影響で、

指揮者が実力があり、演奏者を一人残らずねじ伏せることの出来る独裁者であれば、良い演奏になる、

という価値観がありました。今もその価値観を持っているバンドや人もいるでしょうが、少数のはずです。

というのも、実はその価値観というのは、

「人は、一度決めたことは最後までやり遂げなければならない。出来ない者は、落伍者である」

という社会常識に支えられていたため、どんなに理不尽なバンドで、暴君の指揮者がいたところで、

辞めるに辞められなかったのです。

 そして1980年代後半から社会現象になってきた、フリーターと呼ばれる人達の増大、すなわち

定職に就かず、アルバイトをしながら自分のやりたいことを探し、実行する人達が増大し、

「そんなに嫌なら、従わなければいい。辞めればいい」という価値観の方が強くなったため、

吹奏楽の世界においても「辛くても楽しい演奏」から「楽(らく)で楽しい演奏」に変化してきたのですね。

 昔の吹奏楽雑誌によく載っていた、顧問の先生の奮闘記を読むと、自分は吹奏楽の事なんて

全然知らないし、学校の備品は古いのばかりだし、生徒もお気楽にやっていて、で、演奏もへた。

いかにみんなの「意識」を高めていくか。そんな内容ばかりでした。

 幽霊部員や責任感の乏しい生徒達に、きちんと物事に取り組む姿勢や礼儀を教え、目標を立てて

そこに到達するための方法を自分の頭で考え実践させるという、人間形成の教育という観点が第一で、

音楽演奏はその方便にすぎないわけです。そしてコンクールで賞を獲ることで第三者に自分たちのことを

認めて貰う。つまりは教育活動の一環で、「社会に適した人間を育てる」という国の教育政策に適した

方法である一面も、あるわけです。

 

 半藤・江坂の両氏は、日本軍の思考硬直の原因の一つを、「対話の欠如」と考えています。

直接の上司、同僚、部下であっても、話しづらい者や意見の異なる者、苦手な者とは話さなくても

済んでしまうのが日本社会であり、どんなに失敗を重ねようが大昔の成功、基本方針に背いては成らない

という考え方が特徴ですが、アメリカ軍は戦闘に失敗すればその原因を徹底的に研究してそこから学び、

物事を決めるときには可能な限り多くのの関係者に意見を求め、徹底的なコミュニケーションをはかり、

その上で決まったことには全員が自分の責任をとことんまで果たす、という特徴があるそうです。

 

 劇作家の平田オリザ氏が、小学館の「本の窓」00年11月号の「21世紀との対話」で面白いことを

書いていますので、その中からの引用で、この項を終わりにします。

「対話とは、他者との異なった価値観の摺り合わせだ。そしてその摺り合わせの過程で、自分の当初の

価値観が変わっていくことを潔しとすること、あるいはさらにその変化を喜びにさえ感じることが対話の

基本的な態度である。

 これを家庭や学校にあてはめれば、親や教師が子供に自分の価値観を一方的に押しつけるのではなく、

子供との対話の中で、自らの価値観が変わっていく可能性を開いておかなければならないということになる。

念のため書いておくが、ここで重要なことは、親や教師も、きちんとして価値観を子供に提示するという点だ。

しかしその価値観は絶対的なものではなく、対話の過程で常に変更可能な、柔軟性を持ったものでなくては

ならない」P85

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