本来吹奏楽団で演奏するということは、非日常的な時間です。
すなわちプライベートな時間、そして本職の時間に準じる時間の使い方でして、
職業音楽家でなければそれら日常時間内に音楽的な意識の集中をすることは、
非常に難しいです。
なぜならば、現代社会において、音楽的な音の要素はほとんど存在しないからです。
せいぜいクレッシェンド・デクレッシェンドが電車や飛行機のドップラー音で説明できる程度で、
各種アクセント、フェルマータ、ギャロップやラルゴのようや速度指定、さらにはピアノ記号まで
日常時間には見つけられないかもしれません。
それら日常時間は身体にとてもなじんでいるため、演奏者個人が意識の主導権を保てる
個人練習、合奏直前のウォームアップの時間まで引きずる可能性があります。
そしていざ合奏が始まると、一瞬の音のずれも許されない非日常の時間に移ったとき、
頭の切り替えを素早くやることは、どこまで可能なのでしょうか?
日常時間から非日常時間に順応するまでには個人差があり、それを調整するのが
合奏のウォームアップだと指揮者が意識しているならばうまくいくかもしれませんが、
瞬間に切り替えを求めることを要求する指揮者では、かなり出遅れるでしょう。
またプライベートな時間や本職の時間中に、ほんの少しでも気を抜ける時間があるとき、
そのわずかな時間に音楽のことを考える者もいます。しかし、自分の意志であれ、他人の目を意識してであれ、
何かしらの強制力がなければ楽器を手にすることもなく、楽譜に目を通すこともない者も存在します。
後者は練習時間が終わったらさっさと楽器を片づけ、別な楽しみに思いを馳せる人達ですね。
音楽演奏が好きな者が楽団に入る、という考え方は正確ではありません。
音楽演奏が好きな者で、自分の自由に出来る時間を楽団に使うことの出来る者が楽団に入る、です。
ですので自由に出来る時間の何割を音楽に費やすか、その基準を誰が決めるのか、
是非一度、考えてみてください。